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神戸地方裁判所 昭和61年(ワ)1523号 判決 1997年8月27日

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対し、金二七三八万〇二九一円及びこれに対する昭和六一年一〇月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野花子に対し、金三一七八万〇二九一円及びこれに対する昭和六一年一〇月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一一分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

五  この判決第一、二項は、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  被告は、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野花子(以下「原告花子」という。)に対し、金三五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告経営の病院の医師の診察を受け、その病院に入院して分娩した原告花子とその夫原告太郎が、原告花子の妊娠双胎児の一児が死産となり、他の一児が重度の障害児として出生しその後死亡したのは、右病院の医師や看護婦らの過失によるものであるとして、被告に対し、診療契約の債務不履行もしくは右病院の医師らの不法行為による使用者責任(民法七一五条一項)に基づく損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1 当事者

(一) 亡甲野春子(以下「春子」という。)は、昭和六〇年五月一四日、原告ら夫婦の長女として出生した。

(二) 被告は、神戸市中央区《番地略》において産婦人科を含む総合病院「兵庫県済生会病院」(以下「被告病院」という。)を経営する社会福祉法人である。

2 原告花子の入院と分娩等

(一) 原告花子は、昭和五九年七月一九日ころから被告病院に通院していたが、同年一〇月三一日、被告病院(産婦人科)勤務医で原告花子の担当医吉田康子医師(以下「吉田医師」という。)から、妊娠していること及び出産予定日は昭和六〇年六月二七日であることを告知され、妊娠五か月目の昭和六〇年一月二三日の検診において双胎であることが判明し、その吉田医師から告知された。

その後、原告花子の妊娠経過は良好であったが、原告花子は、同年五月一日の検診の際、吉田医師から軽症の妊娠中毒症と診断されて入院を勧められ、翌二日、被告病院に入院した。

(二) 右入院時点において、原告花子と被告との間で、被告は原告花子に対し、同原告の胎児を無事に出生・出産させるための適切な母体・胎児の管理及び分娩管理とともに、出生後の新生児の状態を正確に把握して出生後の状況において適切な処置をとる医療義務を負う旨の診療契約が締結された。

(三) 同年五月一四日午前一一時五六分から、被告病院(産婦人科)勤務医の山田光昭医師(以下「山田医師」という。)の介助、吉新祥一医師(以下「吉新医師」という。)の立会の下、吉田医師の執刀により、原告花子について帝王切開手術が行われ、第一児(頭位にあった胎児)の春子は生存児として娩出されたが、第二児(骨盤位にあった胎児)は既に死胎児(浸軟児)であった。

3 春子の死亡

春子は、平成元年七月七日死亡した。

第三  争点と当事者の主張

一  争点

1 春子及び原告太郎と被告との診療契約の成否

2 被告の診療契約債務不履行(被告病院医師らの過失)の有無

3 被告の診療契約債務不履行と第二児の胎内死亡及び春子の障害・死亡との相当因果関係の有無

4 原告らの損害

二  原告らの主張

1 経過

(一) 原告花子は、前記のとおり昭和六〇年五月二日被告病院に入院したが、その際のX線写真では、胎児の状態が骨盤位頭位で、懸鉤(胎児がからまりあって下降することができず、通常の分娩ができない状態)となることが十分予測され、分娩には特に注意すべき状態であった。

(二) 原告花子の高血圧と蛋白尿浮腫の症状は一週間程度で平常に戻ったため、原告花子は吉田医師に対し退院を申し出たところ、吉田医師からもう少し様子をみたいと言われ、そのまま入院を継続した。

原告花子は、同月一〇日過ぎからお腹が張るような状態になったので、吉田医師にその旨を告げたが、薬を与えられたのみで、超音波断層、胎児モニタリング等の科学的な胎児の状態等の確認はなされなかった。また、原告花子の胎児が心音の混同が生じやすい双胎であり、しかも原告花子から前記異常の訴えがあったにもかかわらず、被告病院の看護婦らは、トラウベという筒状の心音器で計測しており、かつ、分娩監視装置を使って計測する際にも、本来の用法に従い記録用紙を用いて各胎児の心音を測定記録するということをすらせず、後記のとおり一児の死亡後もそのことにまったく気づかず、前記娩出の直前まで二児の心音が良好との誤った診断をしていた。

(三) 原告花子は、同月一三日午後四時過ぎころから、それまでとは違うはり裂けるような感じで腹部が規則的に張り出し始めるなどの陣痛症状が出たので、看護婦にその旨告げたが、看護婦は「予定日はまだまだ先だからそんなはずはない」と言ってまったくとりあわず、担当医の吉田医師も来なかった。そして、看護婦は「ずっとベッドに寝ているから腰が痛くなるのだ。動き回りなさい」と指示した。原告花子は、同日深夜にかけて何度も看護婦に対し痛みを訴えたが、看護婦はその都度「そんなはずはない」ととりあわず、医師も一度も来なかった。

(四) 同月一四日、早朝に原告花子と同室の妊婦の流産騒ぎがあった際、原告花子は駆けつけた山田医師に対し陣痛の苦しみを訴えたが、同医師は原告花子を診察することもなく「腰痛だ」と断言し、看護婦に原告花子の腰部に湿布するよう指示するのみにとどまった。

同日午前九時一五分ころ、原告花子は、胃液と胆汁液を嘔吐した。吉田医師は、同午前九時三〇分ころの通常回診の時に、原告花子がかなりの腰痛を訴えたので腹部を触るなどして診察し、子宮口は既に三横指開大の状態となっており、既に陣痛が始まっていることにはじめて気がついた。そこで、吉田医師は、直ちに出産準備にとりかかったが、その時胎児は懸鉤状態となっており、自然分娩は不可能な状態であったため、緊急帝王切開を行うこととなった。

右手術は、同日午前一一時五五分に吉田医師の執刀(山田医師立ち会い)で開始された。吉田医師は、開腹執刀後第一児の羊膜を破ったが、死んでいることがわかる程あまりにも混濁した緑色羊水が流出したため、第二児の方を助けるため第一児の娩出を中断し、第二児の羊膜を破って先に娩出した。春子は同日午後一二時一分出生し、死亡胎児は同三分に娩出された。原告太郎が死産児を見に行くと、死産児はプラスチックの小さい容器に入れられていて、全身がどす黒い血だらけで溶けたような感じであった。春子出生時の手術記録にも、羊水茶褐色と記載されている。春子は、重度仮死・分娩時仮死の状態であった。

被告病院は、娩出した春子を直ちに神戸大学附属病院(以下「神大病院」という。)に転送し、春子は同日午後一時〇八分ポータブル保育器で同病院に緊急入院し、そのまま新生児集中治療室(NICU)に収容され、同病院の処置により口鼻腔より茶褐色の羊水及び分泌物が吸引された。春子の呼吸は不規則で、四肢末端にチアノーゼがあり、眼瞼、四肢に浮腫があり、R軽くラーソー様、胸骨の陥没のみ(+)、R雑音、下肢浮腫、啼泣時口鼻腔周囲及び足底チアノーゼ(+)で、胎児水腫、重度仮死、腎不全または分娩時仮死であった。

春子は、その後、胎児水腫、急性腎不全、脳水腫、重度発達障害、小頭症となり(出産時の体重は二二八〇グラム、その後の体重は約五〇〇〇グラムである。)、平成元年七月七日死亡した。

第二児は死産であり(体重一六〇〇グラム)、神大病院に送られることなく、同日火葬に付された。

その後、原告花子は吉田医師から、第二児は浸軟の状態から三日前に死亡していたこと、あと一・二時間遅れていたら春子も助からず、原告花子の子宮をとってしまわなければならなかったことを告知された。

(五) 春子に生じた脳その他の障害は、一児の死亡後これが三日以上胎内に放置されたことにより生じた、子宮内血管内凝固症候群等による低酸素状態に起因するものである。

2 春子及び原告太郎と被告との診療契約

(一) 春子について

(1) 原告花子及び原告太郎は、昭和六〇年五月二日原告花子の被告病院入院時に、出生してくる春子のために、被告(被告病院)において春子を無事に出生させるための適切な胎児管理、分娩管理をするとともに、出生後の春子の状態を正確に把握して、出生後の状況において適切な処置をとる義務を負う旨の、原告花子及び原告太郎を要約者、被告を諾約者、春子を受益者とする、第三者のためにする診療契約を締結した。

(2) 原告花子は、昭和六〇年五月一四日、被告病院において春子を分娩したところ、その春子の出生の事実により、前記第三者のためにする契約につき春子の受益の意思表示が擬制された。仮にそうでないとしても、原告花子及び原告太郎は共同して、もしくは、原告花子は原告太郎の同意を得て、春子の出生時その法定代理人として、春子を代理して被告に対し黙示的に前記の第三者のためにする契約につき受益の意思表示をした。

(二) 原告太郎について

原告太郎は原告花子の夫であり、原告花子は被告病院の受診にあたっては原告太郎を被保険者とする国民健康保険を利用していることから、原告太郎と被告との間で、少なくとも黙示的に右原告花子と同様の診療契約が成立した。

3 双胎妊娠の周産管理における注意義務

妊娠中の胎児管理として、胎児発育と胎児仮死のチェックが主要であることは異論を見ないところであり、妊婦を入院させて経過を観察する場合には、右のチェックは最低限されなければならないことである。そして、双胎妊娠の場合は、単胎の妊娠と比較して、妊娠中に中毒症を発症しやすいこと、早産を起こしやすく、未熟児を分娩する可能性が高いこと、周産期死亡率が高いこと、満期産でも低体重児を分娩すること、分娩時に胎位によっては懸鉤を起こすこと等の危険性が指摘されており、よりハイリスクなものである。さらに、胎児が仮死状態となった場合に、その処置を早期に適切に行わないと、中枢神経の障害を残したり、死亡させたりすることになる。そして、万一一方の胎児が死亡した場合には、これを放置すると、他児に子宮内血管内凝固症候群が発症し、重篤な脳障害、腎障害等を来すなど好ましくない事態が起こる危険性があった(子宮内血管内凝固症候群が発症することがあることは、既に二〇年前から広く知られていた。)。そして、そのような事態の発生は、胎児の発育の違い、羊水量の多少、胎児心拍数記録や超音波断層法などで評価される胎児循環動態の解析などによって推定できた(原告花子入院当時の医療水準でもできた)から、胎児の状態を厳重に監視し、胎児評価において異常を認めた場合には、他児に多少の未熟性が予測されたとしても、他児をできるかぎり早急に娩出する必要がある。

したがって、多胎妊娠中の管理は、<1>早産対策と、<2>潜在胎児仮死の検索が基本であり、多胎妊娠を確認した場合は、医師は、妊婦に対して適切な指導・助言を行い、妊娠二六週前後から妊婦を入院させ、分娩監視装置を用いるなどして、胎児発育評価、胎児・胎盤機能検査、子宮内環境調査等十分な周産管理を行い、胎児と母体の監視並びに安全管理を行わなければならない。そして、妊婦の入院管理においては、胎児の生存の有無は産科臨床上で最重要の事項であり、妊婦を入院させて周産管理を行っている状態においては、妊婦を受け持つ担当医は、毎日妊婦及び胎児を診察して妊婦・胎児の安全を確認する義務がある。そして、早産防止、妊娠中毒症の予防に努めるとともに、胎児の一方が仮死状態となる等異常事態が発生したときは、早期にこれを発見し、急速遂娩を行って胎児を取り出す等適切な処置をとるべき注意義務があり、もし、そのような周産管理が十分行えない場合には、それらが十分行える医療機関(大学病院等)へ紹介転院させるべき注意義務がある。また、そのための前提として、単胎妊娠の場合と比較してより高度に、胎児の心拍・心音を測定し、また、妊婦の愁訴を聴取・解析する等により、母体及び胎児の状態を継続的に正確に把握すべき注意義務がある(胎児の状態を正確に把握することは、胎児管理の第一歩である)。

4 被告病院医師らの過失

(一) 吉田医師ら被告病院の医師は、胎児の心音測定を看護婦、助産婦に任せきりにして自らこれを行わず、看護婦が分娩監視装置を使って胎児の心音の計測をする場合も、正確な胎児の状態を把握するために必要な継続的記録方法によっていないのを放置し、また、看護記録も点検しないなど、双胎妊娠で、妊娠中毒症を発症していた原告花子に対してなすべき前記のような周産期管理義務を怠った。

そのため、吉田医師は、原告花子の一児が昭和六〇年五月一一日(娩出の三日前)ころには既に胎内死亡していたのにこれに気づかず、同月一四日に至るまでの二児の心音が良好であると誤診し、一児死亡の場合に他児に対してなすべき監視、処置も怠った。

(二) また、山田医師ら被告病院の医師、看護婦らは、原告花子が同月一三日夕刻から腰痛を訴えており、その腰痛が陣痛発来または一児死亡による切迫早産に基づくものである可能性があったのに、右原告花子の愁訴を聴取・解析する等して母体及び胎児の状態を継続的に正確に把握すべき義務を怠り、原告花子の愁訴を十分に聞かないままこれを単なる腰痛と判断し、何らの処置も取らなかった。

5 因果関係

(一) 一児の死亡について

(1) 胎児仮死はおおよそ正常胎児を心拍数図→ノンリアクティブノンストレステスト(NST)→胎児心拍数基線細変動の減少・消失→遅発一過性徐脈の発生という経過を辿って重症化するのであり(このことは、日本母性保護協会(以下「日母」という。)の「分娩監視(昭和五〇年)」「周産期胎児管理のチェックポイント(昭和五六年)」等により、昭和六〇年当時すべての産婦人科医に周知のことであった。)、したがって、胎児死亡が起きる前には必ず慢性胎児仮死あるいは潜在胎児仮死の状態が存在したはずである。その状態を把握するのがまさに妊娠中の胎児の状態の管理の目的の一つであり、適切な管理がなされていれば胎児仮死前の段階で把握できていたはずである。

そして、その把握ができていれば、適切な時期に帝王切開により胎児を娩出させ、適切な治療を施すことにより一児の死亡を防ぎ、春子の前記障害の発生も防止することができた。

(2) 被告は、本件のように急速な虚血性循環障害が示唆される症例では週一回のノンストレステストでは一児死亡は回避できなかった旨主張しているけれども、第二児が子宮内死亡に至るまでに、胎児心拍数陣痛計測法によるノンストレステストにおける第二児の一過性瀕脈の減少・消失、基線胎児心拍数の変動性消失、胎児心拍数のサイナソイダル・パターン(胎児の出血あるいは高度貧血の場合にみられる胎児心拍数基線の規則的な正弦波様振動)などが出現したであろうことはほぼ確実であり、それらの異常や、超音波断層法による胎児腹位の差異、推定胎児体重の差異、羊水量の差異、一児の胎児水腫像などによって、死亡胎児の異常をその死亡前に把握することはできたはずであり、そうすれば前記(1)の処置をとることによって一児の胎内死亡を回避できる可能性はあった。

(二) 春子の障害発生・死亡について

春子には先天的な異常、奇形等はなく、妊娠中も正常な状態であった。昭和六〇年五月八日の時点で、吉田医師が腹部エコーで胎児の状態を確認したが、二児とも異常なく平均して順調に育っている状況であった。しかし、春子は脳萎縮、二次性水頭症等により平成三年七月七日死亡したものであり、組織学的検査では白質の著減がみられ、軟化壊死や斑痕化が強く、出産時の影響が示唆される旨の所見が出された。

春子に右のような障害が生じたのは、被告病院の過失に基づくものである。すなわち、昭和六〇年当時、全身性播種性血管内凝固症候群(DIC)そのもの及び双胎児間輸血症候群の存在と危険性は医師に広く知られていたのであるが、胎児心拍・心音を正確に把握した上、一児の死亡した場合にはこれを直ちに発見し、直ちに帝王切開により胎児を娩出するなど、適切な周産期管理を実施していれば、双胎児間輸血症候群は発生せず、春子には障害が生じなかった。さらに、同月一三日夕刻、原告花子の腰痛の訴えを正確かつ十分に聴取し、陣痛発来または一児死亡による切迫流産を認知した上、速やかに帝王切開する等、適切な具体的周産期管理を実施していれば、春子に前記の障害は生じなかった。春子は既に第九か月に入っており、適当な哺育を行えば生存率は極めて高いものである。被告病院が周産管理を怠り、胎児の発育状態監視を怠ったことにより、適切な時期の帝王切開を行わず、胎児に治療の機会を逸させ、長時間危険な子宮環境下に留めおくことにより、一児を死亡に至らせ、春子に子宮内血管内凝固症候群等の低酸素状態による前記障害を発生させ、死亡に至らせたものである。

6 被告の主張に対する反論

被告は、本件について時限的医療責任論を採用すべきである旨主張するが、右主張は誤りである。

被告が仮に胎内での一児死亡を把握した上で一定期間娩出を待つべきだと判断したのであれば、その判断が正しかったか否かを判定する際に時限的責任論が問題となることはあり得るが、胎内での一児死亡に気づかず、漫然とこれを放置し、何らの医学的判断を行わなかった本件について、時限的責任論を云々することはナンセンスである。

なお、胎内での一児死亡を把握した場合に、仮に娩出を待つという判断をするならば、残りの胎児についてノンストレステストその他の方法により厳重な状態把握をし、仮死徴候が出た場合は速やかに帝王切開により娩出すべきことは当然である。既に妊娠三三週となる本件では、胎児は適切に対応すれば十分に発育可能な状態となっているのであるから、解明されていない不安定な状況で胎内に置くよりも、速やかに娩出した方が生命に対する危険がはるかに少ないことは明らかである。その意味でも被告のいう時限的責任論は誤りである。

7 損害

以上のとおり、被告の履行補助者であり被用者である被告病院の医師(吉田医師、山田医師)や看護婦らには前記のとおりの過失があり、一児の死亡及び春子の障害の発生・死亡は右過失により生じたものであるから、被告は、これにより春子及び原告らに生じた次の損害につき、診療契約の債務不履行または民法七一五条一項に基づいて賠償すべき責任がある。

(一) 春子の損害

(1) 逸失利益 八八六三万八〇円

労働能力喪失率 一〇〇パーセント

昭和六〇年賃金センサス労働者平均給与年額 三六三万円

就労可能年数(満六七歳まで) 四九年間

四九年間に対する新ホフマン係数 二四・四一六

(計算式)

3,630,000×24.416=88,630,080

(2) 慰謝料 三〇〇〇万円

春子は、前記障害を受けた上死亡するに至ったもので、その受けた精神的苦痛は多大なものであり、これを慰謝するためには三〇〇〇万円が相当である。

(3) 看護費用 一〇四〇万七七五六円

春子は、出生の日である昭和六〇年五月一四日から死亡の日である平成元年七月七日まで第三者の介護を受けなければならない状況にあったから、年間介護料二九二万円(一日八〇〇〇円)に四年間のホフマン係数三・五六四三を乗じた額が看護費用となる。

(4) 弁護士費用 九〇〇万円

(5) 合計 一億三八〇三万七八三六円

(二) 原告太郎の損害

(1) 慰謝料 五〇〇万円

胎児の一方が死亡し、かつ、春子は原告らの第一子にして長女であり、前記障害児となった上死亡したことによりその両親である原告らが受けた精神的苦痛は多大なものであり、これを慰謝するためには五〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用 三〇万円

(3) 相続分 六九〇一万八九一八円

原告らは、春子の死亡に基づく相続により、春子の被告に対する(一)の損害賠償請求権合計一億三八〇三万七八六三円を各二分の一の割合で取得した。

(4) 原告太郎は、被告に対し、右の合計七四三一万八九一八円のうちの三〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年一〇月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三) 原告花子の損害

(1) 慰謝料 一〇〇〇万円

(2) 弁護士費用 七〇万円

(3) 相続分 六九〇一万八九一八円

(4) 原告花子は、被告に対し、右の合計七九七一万八九一八円のうち、三五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年一〇月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の主張

1 診療経過

(一) 原告花子は、昭和五九年七月一九日、被告病院に排尿痛及び挙児希望で来院してから、通院して吉田医師の診察、指導を受けていた。吉田医師は、同年一〇月三一日、原告花子の妊娠を確認し、出産予定日は昭和六〇年六月二七日と算定し、その旨を原告花子に告げ、妊娠に伴う血液検査のため採血し、同年一一月一四日超音波断層撮影を実施することにし、同日の来院を指示した。なお、右血液検査の結果は正常であった。

(二) 同年一一月一四日(妊娠七週六日)、吉田医師は、原告花子を内診したところ、子宮は手拳大であり、超音波断層撮影にて胎児心拍を認め、骨盤外計測を実施したが、特に異常所見もなく、子宮膣部の状態は正常で、母子手帳取得に必要な書類を作成し、原告花子に渡し、引き続き定期検診に来院するように指示した。

原告花子は、同年一二月一二日及び昭和六〇年一月九日の各検診においても妊娠経過は良好であった。吉田医師は、右一月九日原告花子に着帯を指示した。

(三) 同年一月二三日、吉田医師は、検診に際し原告花子を内診したところ、子宮底は臍上一横指で、超音波断層撮影を実施し双胎と診断した。同日の検尿の結果は尿蛋白・尿糖ともマイナスで、妊娠経過は順調であった。

原告花子は、同年二月二三日の検診での尿検査でも、尿蛋白・尿糖ともマイナスで、子宮発育も順調、児心音も整であり、同年三月二三日の検診の結果も同様で、この日エックス線腹部単純撮影にて双胎を断定したが、経過は良好であった。

原告花子は、同月一四日母親学級を受講し、同年四月三日の検診の結果も良好であったが、吉田医師は、念のため食塩制限を指示し血液検査を実施した。

同月一七日の検診に際し、原告花子の前回の血液検査の結果、赤血球数三九七万、血色素(ヘモグロビン)一〇・五グラムと若干生理的貧血が認められたので、吉田医師は、原告花子に念のためフェログラ(徐放型鉄剤)、コバフォルテ(ビタミンB一二)一日二回各一錠宛、二週間分を投与し、尿検査の結果尿蛋白疑陽性であったので、念のため食塩、水分制限を指示した。

(四) 同年五月一日(妊娠三一週)の検診の際、吉田医師は、原告花子の尿検査の結果、尿糖マイナス、尿蛋白プラス、血圧一四二--九八、下腿に浮腫プラス二が認められたので、軽症の妊娠中毒症と診断し、その治療・重症化防止のため、原告花子に入院を勧めた。

翌二日、原告花子は被告病院に入院し、吉田医師は、原告花子にベット上の安静を指示し、看護婦に一日三回の血圧測定及び分娩監視装置またはドプラー胎児心音計(以下「ドプラー」という。)による一日二回の児心音の聴取、蓄尿及び早朝尿の毎日検査を指示し、以後右各検査が実施された。同日、吉田医師は、血液検査、生化学検査等を実施し、さらにX線腹部単純撮影をしたところ、胎位は、一児は骨盤位、他児は頭位であることが読影されたので、原告花子に対し、右胎位状態とこのままの状態で推移し分娩が開始し進行すると懸鉤(胎児がからまりあって下降することができず、通常の分娩ができない状態)となり、経膣分娩も不可能になることもある旨説明した。なお、原告花子の、同日実施の血液検査、生化学検査の結果は、すべて正常範囲であった。

同月三日、原告花子の血圧は、午前六時一二二--八〇、午前九時一二四--七八、午後六時一四〇--六八とやや安定し、下腿浮腫プラス一となり、下腹部緊満、性器出血はなかった。

同月四日、吉田医師は原告花子を診察したところ、子宮底は剣条突起下二横指(通常よりも高い)で、軽度の下腿浮腫は見られたものの、血圧は安定し、胎動も活発で、エストリール定量検査結果も異常はなく、同日より、マルトース五〇〇ミリリットル(糖質補給剤)、ヌトラーゼ一〇〇ミリグラム(ビタミンB1)、タジン一〇〇ミリグラム(止血、血管補強剤)の混合点滴を開始した。

原告花子は、同月五日、六日、七日、八日、九日、一〇日、血圧も安定し、下腿浮腫もおさまり、尿検査の結果も特に異常所見はなく、緊満、出血もなく、一方、児心音は整、胎動活発で経過は良好に推移した。

吉田医師は、この間の同月八日(妊娠三三週)、原告花子を内診したところ、先進部は頭部ではないこと、また、子宮口は閉鎖していることを確認し、この日、超音波断層撮影を実施し、児頭大横径を計測したところ、一児(骨盤位にある胎児)の児頭大横径は八四ミリで、他児(頭位にある胎児)の児頭大横径は八七ミリで、両児間に特に異常な発育差は認められず、児心音も両児とも整で、異常所見はなかった。

吉田医師は、原告花子に、再度右胎位と懸鉤となる可能性のあることを説明した。

同月一一日、吉田医師は、原告花子が軽度の下腹部緊満を訴えるので、早産防止剤として、エデレル(流産防止鎮痙剤)二錠、ユベラニコチネート(微少循環系賦活剤)一錠、ズファジラン(子宮鎮痙剤)一錠を一日三回投与することにし、安静を指示したが、出血等はなかった。

原告花子は、同月一二日は順調に経過し、同月一三日午後六時ころ、下腹部緊満と軽度の腰痛があるというので、助産婦は定期的に巡回し、母体と胎児の管理に当たったが、異常は認められず、担当医師に報告を要する程のことはなかった。

(五) 原告花子は、同月一四日(妊娠三三週六日)午前二時、腰部が張った感じがするということであったが、午前三時には睡眠中であり、午前五時、山田医師が、原告花子と同室の患者の流産による子宮内容除去術実施をなした際、原告花子を診察して状態を尋ね、原告花子が腰が痛いというので、担当看護婦に巡回時の状況を確認し、かつ看護日誌を点検確認した上、触診等をしたが、腹部緊満はなく、継続的な腰痛のみであり、陣痛と判断する臨床症状は所見されなかったので、ヘルペックス貼布(消炎鎮痛パップ剤)を指示した。

同日午前六時、原告花子は、軽度腰痛あるも、その腰痛は継続的なもので、増強、短縮の症状ではなく、陣痛症状を呈していなかった。

同日午前九時一五分ころ、原告花子は胃液と胆汁液を嘔吐した。吉田医師は、同日午前九時三〇分ころ巡回時に診察したところ、原告花子がかなりの腰痛を訴えたので、直ちにX線腹部単純撮影を実施することにし、午前一〇時ころ実施したX線写真によると、一児は骨盤位、二児は頭位にあり、一児(骨盤位、児頭大横径八四ミリ)の頭部に骨重積が読影され、分娩室で内診したところ、子宮口は三横指、四センチメートル強開大していることが判明した。吉田医師は、X線写真から、このまま分娩が進行すると両胎児は懸鉤状態となり、経膣分娩が停止する可能性が予測されたため、帝王切開による分娩を選択することにし、その旨を原告花子に説明し、その承諾を得た。

吉田医師は、胎児は未熟児であることが予測されたので、直ちに吉新医師(同医師は神大病院の小児科医師で、被告病院の非常勤医師であった。)に連絡し、同医師より神大病院(母子センター)に連絡したところ、同病院より帝王切開は被告病院で実施し、新生児だけを母子センターへ移送するようにとの指示があり、そこで吉田医師は、山田医師を介助とし、吉新医師の立会いのもと、午前一一時五六分帝王切開の手術を開始し、午後零時一分、頭位にあった胎児(第一児)及び同三分骨盤位にあった胎児(第二児)のいずれも女児を娩出した。胎盤は、二羊膜一絨毛膜性で、一個であった。

頭位にあった胎児、すなわち、春子(二二八五グラム)は、全身胎脂を認めるも、アプガースコア九点、体温三六・五度、脈拍一四八で正常児であり、直ちに救急車にて神大病院(母子センター)へ転院させたが、骨盤位にあった胎児(一六〇〇グラム)は既に死胎児(浸軟児)であった。吉田医師は、これを確認後、原告太郎にこのことを説明し、その承諾を得て右死胎児を火葬に付した。

春子は、羊水混濁はなく、アプガースコアも九点で、啼泣しており、体温三六・五度、脈拍一四八で、視診上も異常は認められず、正常児であった。

2 吉田医師らの過失の不存在

(一) 双胎妊娠の母体管理としては、妊娠中毒症、切迫早産、前期破水の予防、治療である。

双胎妊娠は、単胎妊娠に比較し妊娠三〇週を過ぎたころから早産の可能性が週数を重ねるに従い増え、また、妊娠中毒症が双胎妊娠に合併することは多いが、妊娠中毒症は軽症と重症があり、軽症の場合の妊娠時管理は単胎妊娠の場合とほぼ同様で、安静と塩分、水分制限で治療されるのであり、妊娠中毒症軽症と早産の係わりは希薄である。

なお、一方の胎児が死亡したことが判明した場合、急速逐娩を行うか否かは生存胎児の娩出後の対外生存の可能性、肺成熟度を検討した上で対処されることであり、この場合在胎週数が重要な臨床指針であり、通常、一般的には三四週以降であれば急速遂娩適応とされる。なお、入院時期に関しては定説はなく症例によって臨床的判断をなし対処するべきことである。

(二) 吉田医師は、原告花子の双胎妊娠を診断後、適切な指導助言を行い、妊娠中毒症軽症と診断して直ちに入院させ、胎児発育評価、子宮内環境調査等十分な周産期管理を行い、妊婦と胎児の監視及び安全管理をつくしたもので、被告病院の医師、看護婦等に何らの過失もない。

春子に本件障害が発生したのは昭和六〇年五月であるが、当時双胎の一児が子宮内で死亡した場合に、出産予定日の前で陣痛がなければ、生存児の方はむしろ暫く子宮内に入れておいた方が児の予後が良いという考え方の方が有力であり、吉田医師も同様の考え方であって、右考え方が被告病院のような市中の総合病院における産科医師の医療水準であった。吉田医師は、当時、一絨毛二羊膜双胎の場合には、一児死亡後約一週間以内の分娩であれば生児の予後は良好であるらしいという先駆的症例報告がなされたという程度の知識は有していた。昭和六〇年当時までに多胎に関する先駆的な症例報告はいくつかなされていたが、一般産科医の双胎に関する知識知見は、双胎の場合は貧血、妊娠中毒症の合併を起こしやすく、早産、子宮内胎児死と低出生体重児出生頻度が単胎よりも多いという程度のもので、右の意味において双胎妊娠はハイリスク妊娠とはされていたが、ハイリスク性の程度は高いものとして扱われてはおらず、双胎の妊娠、分娩の管理は単胎の場合と基本的に異なるところはなく、双胎だからといって特別な母児管理は行われていなかった(双胎妊娠の場合でも、妊娠中毒が発症せず、早産の徴候がなければ通院のまま満期産を迎えるという実例も多々あった。)。また、双胎の妊娠・分娩管理のための特別の検査器械・装置や特別の検査方法もなかった。

(三) 原告花子が入院した際のX線写真では、胎児の位置は一児は骨盤位、二児は頭位であることが読影されたものであり、このままの位置状態が分娩時まで継続すれば分娩時に懸鉤し、自然分娩が不可能な状態になることがあり、かかる分娩時の胎児の懸鉤例では帝王切開による娩出が適応とされている。したがって、分娩時かかる懸鉤状態の発症が予測される場合には、胎児の確認と娩出方法の選択に注意を要する。

原告花子は、軽度の貧血と軽度の妊娠中毒症を発症して吉田医師の勧めにより被告病院に入院したが、入院による安静と食事療法により右症状は寛解し、その他の異常所見もなく、昭和六〇年五月八日ころには退院しうる状態であった。双胎児の状況は、同日の超音波断層撮影の結果、春子の児頭大横径は八七ミリメートル、死産児(骨盤位児)の児頭大横径は八四ミリメートルで両児間に異常な発育差はなく両児とも心拍は正常であり、子宮内発育遅延その他の異常所見もなかった。

(四) 昭和六〇年五月当時、双胎の一児子宮内死亡の場合に他の生児に春子に生じたような障害が発症すること自体一般の産科医には知られておらず、発症の機序・原因・時期・確率については現在でも定説はなく、また、発症の適確な予知・予防・治療方法も確立されていない。

ノンストレステストは、子宮収縮の全くない胎児の心拍数モニタリングで、胎動と胎児心拍数の関係をみて胎児が元気であるかどうかを診断する方法である。ノンストレステストの適応は胎盤機能不全を示すハイリスク妊娠例(糖尿病、妊娠中毒症重症、高血圧合併妊娠や過期妊娠など)や子宮内発育遅延児(IUGR)などである。

昭和六〇年ころまでの分娩監視装置(胎児心拍数陣痛計)の精度は現在ほど高くなく、操作も難しく、妊娠三二から三四週では正確な測定値が出なかった。昭和六〇年当時でもノンストレステストの判定法はまだ確立されておらず、一般の医療水準においてはノンストレステストの使用例は少なかった。しかも、本件のような双胎の場合には、大学病院においても、昭和六〇年ころの分娩監視装置ではその操作は困難で、正確な測定は難しく、同装置を二台使っても測定値の読み取りは難しかったもので、ノンストレステストは容易なものではなかったのである。被告病院において記録紙を用いなかったことについては、原告花子の妊娠中毒症は軽快し、五月八日行った超音波断層撮影においても胎児の双方に異常が認められなかったから、不適切とはいえない。

(五) 吉田医師は、看護婦らに、原告花子について一日三回の血圧測定、分娩監視装置またはドプラー胎児心音計による一日二回の児心音の聴取、糞尿・早朝尿の毎日検査を実施するよう指示し、それらは実施された。

胎児管理としては、胎児発育と胎児仮死の監視が重要である。胎児発育については、五月八日に両児の児頭大横径(BPD)を測定し、正常に発育していることを確認している。胎児の躯幹が測定されていればより望ましかったといえるが、吉田医師が全体を観察し、大きな異常を認めなかったと述べており、また実際に娩出された児においても胎児発育遅延は否定されているので、胎児発育のチェックに落ち度はなかった。

胎児仮死のチェックとしてはノンストレステストがあるが、潜在性胎児仮死を疑う異常として当時双胎は考えられていなかったのであり(日母研修ノートの「周産期管理のチェックポイント」(昭和五六年)によれば、子宮内発育遅延、妊娠中毒症重症、糖尿病合併妊娠、過期妊娠、分娩の異常であり、これらにはノンストレステストを施行するよう啓蒙しているが、双胎は記載されていない。平成五年になり、ようやく日母研修ノートとして「多胎妊娠・分娩の管理」が作成されたのである。)、本件の胎児管理が当時の医療水準に照らし不適切であったとはいえない。

また、本件においては、第二児の死亡原因は胎盤内血管吻合による急速な虚血性循環障害が示唆されるので、現在、双胎妊娠の管理として推奨されている週一回のノンストレステストでは、本件における胎児死亡を予知することはできなかったといえる。

一児の死亡が何日間か見逃されていたが、現実的には、双胎の一児死亡の発生頻度は三パーセント前後と比較的まれであり(双胎の周産期死亡が高いことは主に早産が多いためである。)、数日前に超音波断層撮影で両児の生存が確認された本件において、一児死亡を看護婦または助産婦がトラウベまたはドプラーによって発見できなかったことを非難するのは酷であるといえる。基本的には、医師が週一回の超音波断層撮影で児の生存を確認するのであり、その間に死亡した場合には、現在においても、やむをえなかったと判断されるべきである。

(六) 分娩方針について

分娩方針については、三三週の早産であり、子宮口が三横指開大し、胎児の位置が骨盤位一頭位であれば帝王切開が妥当である。一般に、双胎では経膣分娩を行った場合、第一児が胎児死亡した場合の処置については、現在でもその取扱い方は確立していないといわれている。そして、一児死亡時期が判明している七〇症例での検討でも、一児死亡後〇~四日の間に生存児を娩出させたものでは、五~五〇日の間に娩出させた例に比べて脳病変の出現は低い傾向にはあるが、〇~一五〇日の間のどの時期でも脳病変発生例は存在したとされている。したがって、本件では、双胎一児死亡後約三日で帝王切開しており、妥当な処置であったといえる。

3 吉田医師の処置と胎児の死亡及び春子の障害の発生・死亡との因果関係の不存在

(一) 春子の障害について

(1) 春子の障害の原因

わが国の二七文献を集計したところ、双胎一児死亡一一六組のうち、生存児に出現した脳病変(嚢胞状脳病変、多嚢胞性脳軟化、脳梗塞、孔脳症、脳室拡大、脳萎縮、脳障害等)の出現率は三八組(三二・八パーセント)であったとされている。また、日本医大とその関連病院の総分娩数一二万九一二二例中の総双胎数は一〇一〇組で、このうち一児死亡は三三組存在し、この三三例中で生存児脳病変が出現したものは七組(二一・二パーセント)で、全例一絨毛膜性双胎であったとされている。そして、双胎一児死亡での生存児における脳病変が出現する原因として、子宮内血管内凝固症候群(IDIC)説、子宮内胎児栓塞説、急性循環障害虚血説などがあり、臨床的にはそれらが複雑に混在したものであろうと考察されている。

本件では、帝王切開時に春子に羊水混濁はなく、アプガースコアも良好であること、また、出生後の脳病変や、心、肺、腎などの臓器障害などの存在からして、まさに右報告と同種類のものであると考えるのが妥当である。

(2) 因果関係

春子の障害の原因は、双胎の他児の死亡を契機として発生した子宮内胎児栓塞症候群であった可能性が高いと考えられるが、昭和六〇年当時は右症候群のことは被告病院のような総合病院の一般の産婦人科医師には認識されておらず、しかも医学会においても右症候群の発症の時期・機序・原因について解明されてなく、さらに現在でもその発生機序、原因、時期が医学上確定されていない。当時の医療水準では不可能を強いるものである。本件では、未熟児網膜症と同様の時限的責任論をとるべきである。したがって、胎児の状態の管理が不適切であったこと、陣痛発来の有無の観察が不適切であったこと等と、春子の障害との間に因果関係はない。

双胎一児死亡後は生存児に本件障害のような脳病変が発症する危険性は高いと最近になって判明してきたが、他方において、現在でもその適切な予防法及び治療は確立されていない。

したがって、春子に本件障害が発生したことにつき、被告や被告病院の医師、看護婦らに過失責任を問うことはできない。

(二) 死産児の死亡

(1) 死産児の死亡時期

死産児の生存は五月八日に施行された超音波断層撮影により確認されている。また、同月一四日に帝王切開で娩出した時死亡していたことは明らかであるので、死産児はこの間に死亡したものであり、かつ死産児の浸軟状態より、同日の約三日前と推定される。

(2) 死産児の死亡原因

死産児の死亡原因は不明である。

双胎における一児の胎児死亡の主な原因は、臍帯過捻転、双胎間輸血症候群(TTTS)、臍帯卵付着などの報告が多い傾向にあったとされるが、文献が少なく、死亡原因の統計的な検討は困難であったとされているところ、本件では臍帯過捻転や臍帯卵付着の記載はないので、それらを死亡原因と考えることはできない。

本件では胎盤の病理検査が行われていないため、厳密な意味での双胎の膜性診断は不可能であるといわざるをえないが、本件では吉田医師が肉眼的に二羊膜一絨毛膜性であったと述べており、胎盤は一絨毛膜性であった可能性が極めて高いといえる。したがって、死産児の死亡原因が胎盤機能不全であったのなら、医学的に春子にも出生時に既に胎盤機能不全に起因する明確な障害が生じていなければおかしいところ、春子の出生時のアプガースコアは九点で正常児と何ら変わらない状態であったので、胎盤機能不全は生じておらず、死産児の死亡原因も胎盤機能不全ではなかった。

そして、一絨毛膜性双胎の場合、ほぼ一〇〇パーセントに血管吻合が存在するといわれているが、胎盤内吻合の型式は動--動脈、動--静脈、静--静脈とさまざまであり、その吻合形式により児の予後は異なるものである。この吻合状態により、双胎間輸血症候群が発症することもあり、または急速な胎児循環障害及び虚血性変化が起こることもあると推測されている。結局、本件においては、死産児は妊娠三三週、双胎の女児で死亡後浸軟していたにもかかわらず、出生体重は一六〇〇グラムであり、また、五月八日の超音波検査で児頭大横径八四ミリメートルであったことにより、子宮内胎児発育遅延の存在は否定できるものである。さらに、春子の出生時の体重二二八五グラムは、妊娠三三週の双胎女児としては体重が重かったことと考え合わせれば、五月一一日前後に両児間に急速な胎児間輸血が起きたため、死産児が虚血性循環障害を起こして死亡し、春子に鬱血性心不全、胎児水腫、多臓器障害などの本障害が発生したと推測するのが、第二児の死亡と第一児の障害とを総合的に考察できる考え方として妥当であるといえる。しかし、この病態についても推測の域を出ないものであり、結局、第二児の死亡原因は不明であるといわざるをえない。

(3) 死産児の児心音を死亡後約三日間計測したこととなっているのは適切を欠くものであったことは否定できない。

ただ、五月八日の超音波断層撮影の際には死産児にも異常を示す兆候はなく正常に発育していると認められること、双胎で妊婦が肥っている場合には児心音の確認は現在でも困難なことが多いこと、エコー検査は保険の適用がないこと等の理由で現在でも度々できるものではないこと、母体の妊娠中毒症は寛解し退院しうる状況であったこと、死産児の死亡は現在でも予知・予防不可能な突然死であったことなどを考慮すれば、やむを得なかったと考えられる一面もないではなく、不適切の程度は必ずしも重大とはいい難いものである。

(4) また、右児心音計測ミスと春子の障害の発生・死亡との間には相当因果関係はない。

すなわち、第二児の死亡原因は不明であること(少なくとも昭和六〇年当時は不明であった。)、本件のように母体に軽症の妊娠中毒症を伴うのみの前駆症状のない双胎妊娠における子宮内胎児死亡は予知不可能で、予防手段も存在しないこと、右予知・予防のための有効な検査方法は現在でもないこと、本件では胎盤機能不全を伴うような母体の異常は存在しなかったので、第二児死亡前にノンストレステストで発見できるような変化が起こったとは考え難く、そのような変化が一児死亡後生存児に現れたと報告された文献もないこと、本件のごとき春子の障害は、双胎妊娠の中でも稀にしか起こらないこと、その発生の機序、一児死亡から発症までの時間、予防方法等の詳細は、現在でも判明していないこと、昭和六〇年当時は、本症の発生事実そのものが産科医には知られていなかったこと、仮に一児の死亡が直ちに発見され、その直後に帝王切開分娩が行われたとしても、生存児に本症の発症を防ぎ得たかどうかは現在の医学でも判定不能であり、むしろ予防不可能であったと考えられること等を考慮すれば、右児心音計測ミスがなかったとしても、第二児の死亡は起こり得た(それによる春子についての本件障害の発生及び死亡も起こり得た)といえるから、右児心音計測ミスと第二児の死亡との間には相当因果関係はない。

(5) 五月一三日夜以降の軽度腰痛、腹部緊満を陣痛の発来と診断しなかったことと本件発症との因果関係

春子の生じた障害が、右陣痛の発来の有無に関する観察が不十分であったがために生じたといえないことは、右(4)で述べたところと同様の理由から明かであり、右観察不十分と春子の障害との間には相当因果関係はない。

第四  判断

一  事実経過

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1 被告病院は、昭和五九年当時、神大病院、神戸市立中央市民病院等と並び、政令指定都市である神戸市の未熟児養育指定医療機関(二〇〇〇グラム以下または症状が特に悪い未熟児等の入院を受け入れ、神戸市が医療費を負担するものとして指定された医療機関)一五のうちの一つで、未熟児医療の高水準の基幹病院であった。吉田医師は、昭和四四年九月一日以来被告病院の産婦人科医長の地位にあった。

2 昭和五九年七月一九日、原告花子は、被告病院を訪れ、排尿痛を訴えて吉田医師の診察を受けた。その際、原告花子は、吉田医師に挙児希望を訴えた。吉田医師は、原告花子の検尿の結果に異常所見はなかったが、膣細胞診にてトリコモナスを認めたので、トリコモナス膣炎治療のため通院を指示し、挙児希望については基礎体温測定を助言した。以後、吉田医師が原告花子の主治医となって、同原告の診察、治療に当たった。

その後、同年八月二〇日までの通院で、原告花子のトリコモナス膣炎は治癒した。

3 同年八月二七日、吉田医師は、原告花子の挙児希望について、原告花子にメサルモンF(代謝性ホルモン剤)及びユベラニコチネート(妊娠促進剤ビタミンE)を投薬することにし、一日二回、一回一錠宛二週間分を原告花子に投与した(その後、同年九月二〇日、同年一〇月八日それぞれ二週間分投与した)。

同年九月一三日、吉田医師は、原告花子来院の際、最終月経は同月一〇日であることを確認したので、ガスコン(消化管内ガス駆除剤)二日分六錠、ソルベン(便秘治療剤)一回分二錠を投与した。

同月二〇日、吉田医師は、原告花子に子宮内卵管造影を実施し、両側卵管の通過性を確認した。

同年一〇月八日、原告花子は、感冒気味であるとして吉田医師の診察を受け、同医師から風邪薬の投与を受けた。

同月二六日、吉田医師は、原告花子から最終月経同年九月一〇日より無月経と聞き、原告花子の基礎体温表を見ると同年一〇月六日より高温持続していたので、原告花子に同月三一日まで生理がなければ早朝尿を持参するように指示した。

4 同月三一日、原告花子は、被告病院に早朝尿を持参して、吉田医師に無月経である旨述べた。吉田医師は、原告花子につきゴナビステスト(尿妊娠反応)を実施したところ陽性であり、内診したところ子宮は大きく子宮口は閉鎖していたので、原告花子の妊娠を確認し、出産予定日は昭和六〇年六月二七日と算定し、その旨原告花子に告げた。吉田医師は、原告花子の前記基礎体温の変化から、排卵日は早くても一〇月四日ころであろうと考え、仮定の生理日が二週間前の九月二〇日であったので、同日を基点にして右出産予定日を計算したものであり、通常行っている最終月経日から出産予定日を計算したものではなかった。また、吉田医師は、原告花子につき、妊娠に伴う血液検査のため採血し、同年一一月一四日超音波断層撮影を実施することにし、同日の来院を同原告に指示した。なお、右血液検査の結果は正常であった。

5 同年一一月一四日、吉田医師は、原告花子(妊娠七週六日)を内診したところ、子宮は手拳大であり、超音波断層撮影にて胎児心拍を認め、骨盤外計測を実施したが特に異常所見もなく、子宮膣部の状態は正常で、母子手帳取得に必要な書類を作成して原告花子に渡し、引き続き定期検診に来院するように指示した。

同年一二月一二日、吉田医師は、検診に来院した原告花子を内診し、尿検査、血圧測定をしたが、尿糖プラス二、尿蛋白マイナスで、子宮の発育状態も順調、妊娠経過は良好であった。

6 昭和六〇年一月九日、吉田医師は、検診の際内診すると、妊娠週数(一五週)に比し、子宮底がやや高く(臍下一横指)、尿検査の結果、尿蛋白は疑陽性、尿糖プラスであったので、次回検診の際、尿糖プラスであれば血糖検査をすることにしたが、妊娠経過は良好であり、同月二三日の着帯を指示した。

7 同年一月二三日、吉田医師は、検診の際に原告花子を内診したところ、子宮底は臍上一横指で、超音波断層撮影を実施した結果、一卵性か二卵性かは明白ではなかったが、二羊膜が確認され、双胎と診断した。同日の検尿の結果は、尿蛋白・尿糖ともマイナスで、妊娠経過は順調であった。

同年二月一三日、原告花子は、同日の検診での尿検査でも、尿蛋白・尿糖ともマイナスで、子宮発育も順調、児心音も整であった。

同年三月一三日の検診の結果も前回と同様で、この日吉田医師により行われたX線腹部単純撮影により双胎が確認された。吉田医師は、原告花子の子宮底が剣状突起下三横指にあり、児心音はドプラーにより右側でよく聴取され、腹囲も九二センチメートルであり、妊娠経過は良好と診断した。

同年三月一四日、原告花子は、母親学級を受講した。

8 同年四月三日(妊娠二七週の日)、原告花子の検診(七か月検診)の結果は良好であったが、吉田医師は、念のため、原告花子に食塩制限を指示し、血液検査を実施した。

同月一七日の検診の際、前回(四月三日)の原告花子の血液検査の結果が、赤血球数三九七万、血色素(ヘモグロビン)一〇・五グラムと若干生理的貧血が認められたので、吉田医師は、原告花子に念のためフェログラ(徐放型鉄剤)、コバフォルテ(ビタミンB12)一日二回各一錠宛、二週間分を投与し、尿検査の結果尿蛋白疑陽性であったので、念のため原告花子に食塩、水分制限を指示した。

9 同年五月一日、吉田医師は、原告花子の検診(妊娠三一週)を行った。その結果、原告花子の子宮底は剣状突起下二横指にあり、児心音も右下で聴取され、先進部は頭部で、子宮口も閉鎖しており、異常はなかったが、尿糖マイナス、尿蛋白プラス、血圧一四二--九八、下腿に浮腫プラス二が認められ、軽症の妊娠中毒症(高血圧、浮腫)と診られたので、吉田医師は、その治療、対策のため、安静を確保し、食制限をして経過を見た方がよいと判断し、原告花子に入院を勧め、これに従い原告花子は被告病院に入院することにした。

10 同月二日、原告花子は被告病院に入院した。その際、吉田医師は、原告花子にベット上の安静を指示し、看護婦に一日三回の血圧測定及び分娩監視装置またはドプラーによる一日二回の児心音の聴取、蓄尿及び早朝尿の毎日検査を指示し、以後右各検査が実施された。吉田医師は、同日、血液検査、生化学検査等を実施し、さらにX線腹部単純撮影をしたところ、胎位は、一児は骨盤位、二児は頭位であることが読影された。同日実施の血液検査及び生化学検査の結果は、すべて正常範囲内であった。

11 同年五月三日、原告花子の血圧は、午前六時において一二二--八〇、午前九時において一二四--七八、午後六時において一四〇--六八とやや安定し、下腿浮腫プラス一となり、下腹部緊満、性器出血はなかった。

同月四日、午前九時ころ、原告花子には時々軽度の腹部緊満が見られた。吉田医師は、原告花子を診察したところ、子宮底は剣条突起下二横指で、軽度の下腿浮腫は見られたものの、血圧は安定し、胎動も活発で、エストリール定量検査結果も異常はなく、同日より、マルトース五〇〇ミリグラム(糖質補給剤)、ヌトラーゼ一〇〇ミリグラム(ビタミンB1)、タジン一〇〇ミリグラム(止血剤、血管補強剤)の混合点滴を開始した。

同月五日、六日、七日と、原告花子に連日時々軽度の腹部緊満があり、九日午前一〇時にも時々腹部緊満があった。また、同月七日、原告花子は、朝食を全部食べた後嘔吐したが、午前一〇時ころには胃部の不快感はなくなった。その他、同月五日から同月一〇日までの間、原告花子の血圧は安定し、下腿浮腫もおさまり、尿検査の結果にも特に異常所見は認められなかった。

吉田医師は、この間の同月八日(妊娠三三週)、原告花子を内診したところ、先進部は頭部でないこと、また、子宮口は閉鎖していることを確認し、この日超音波断層撮影を実施して児頭大横径を計測したところ、一児(骨盤位にある胎児で、先進部が下にあった)の児頭大横径は八四ミリで、二児(頭位にある胎児)の児頭大横径は八七ミリで、両児間に特に異常な発育差は認められず、児心音も両児とも整で、異常所見はなかった。吉田医師は、原告花子に超音波断層映像を見せながら、右胎児の状態等を説明した。

同月一一日、吉田医師は、原告花子の訴えから下腹部の緊満を認め、エデレル(流産防止鎮痙剤)等を投与することにし、安静を指示した。

同月一二日、原告花子に特に異常ないし変調は見られなかった。

同月一三日午後六時ころ、原告花子は下腹部緊満と軽度の腰痛を訴え、助産婦が定期的に巡回して母体と胎児の管理に当たったが、助産婦は、原告花子に特に異常はないものとして、右原告花子の訴えにつき医師に報告しなかった。

12 同年五月一四日、原告花子(妊娠三三週六日)は、午前二時ころ、看護婦に、不眠状態にあり、腰部が張った感じがすると訴えたが、看護婦から格別の処置も受けなかった。同午前五時、山田医師が、原告花子と同室の患者の流産による子宮内容除去術を実施した際に原告花子を診察し、原告花子に状態を尋ねたところ、原告花子が腰が痛いというので、担当看護婦に巡回時の状況を確認し、かつ、看護日誌を点検確認した上、触診等をしたが、腹部緊満はなく、継続的な腰痛のみのようであったので、陣痛ではないと判断し、看護婦に対しヘルペックス貼布(消炎鎮痛パップ剤)を指示した。

同日午前六時、原告花子は看護婦に腰痛を訴えたが、看護婦は、右腰痛が前からの継続的なもので、増強、短縮の症状ではなく、陣痛症状によるものではないと判断し、医師に報告して診断を仰ぐことをしなかった。

同日午前九時一五分ころ、原告花子は、胃液と胆汁様液を嘔吐した。吉田医師は、同午前九時三〇分ころの通常回診時に、原告花子がかなりの腰痛を訴えたので腹部を触るなどして診察し、既に陣痛が始まっていることにはじめて気がついた。そこで、吉田医師は、午前一〇時ころ、直ちにX線腹部単純撮影を実施し、分娩室で内診したところ、X線写真によると、一児は骨盤位、二児は頭位にあることが認められ、また、内診により子宮口が三横指、四センチメートル強開大していることが判明した。吉田医師は、懸鉤状態となって経膣分娩が停止する可能性も考え、帝王切開による方が妥当と判断し、その旨を原告花子に説明して、帝王切開による娩出について同原告の承諾を得た。

当時、被告病院には、神大病院小児科の吉新医師が非常勤医師として派遣されており、問題のある分娩や新生児の哺育管理などにつき神大病院の協力・援助を受ける態勢がとられており、必要があれば神大病院と協議の上妊婦や新生児を同病院に搬送することが行われていた。

吉田医師は、原告花子の胎児が未熟児であることが予測されたので、直ちに吉新医師に連絡して神大病院(母子センター)に連絡をとってもらったところ、同病院より、帝王切開は被告病院で実施し新生児だけを神大病院へ移送するようにとの指示があった。そこで、吉田医師が執刀し、山田医師の補助、吉新医師立ち会いの下、午前一一時二〇分硬膜外麻酔、同五六分帝王切開手術が開始された。子宮の筋層を切開し、骨盤位の胎児の羊膜が破られたとき、羊水は混濁し、緑色の羊水が出てきた。その後すぐに頭位の胎児(春子)の羊膜を破り、同児を娩出させた。頭位の胎児(春子)の羊水に混濁はなかった。春子の娩出後、骨盤位の胎児(一六〇〇グラム)を取り出したが、完全に死亡しており、表皮の水泡形成・剥離が見られる浸軟児であったが、内蔵への浸潤までは進行しておらず、水晶体の混濁も認められず、外表奇形も見られなかった。吉田医師らは、右手術をしてはじめて骨盤位の胎児が死亡していたことを確認し(手術前に右死亡の事実を認識していたことは、診療録から窺えない。)、右死胎児の状態から死後三日位と判断した。

頭位にあった春子は、二二八五グラムで、全身胎脂が認められたが、体温三六・五度、脈拍一四八で、啼泣しており、視診上も異常は認められなかった。春子は、娩出後直ちに救急車で神大病院(母子センター)へ送られた。吉田医師は、春子の四肢の末端にチアノーゼが認められたことから、アプガースコアを、体の色調につき一点と評価し、他の点は問題がないものとして、総合点九点と評定した(なお、七点以上は正常と評価される)。

13 被告病院の看護記録には、同年五月二日から同月一四日までの胎児の心音(五秒間ずつ続けて三回測定した心音の回数)等について、次のとおりの記載がなされている。

五月二日 一八時 右 一一--一一--一〇

左 一〇--一〇--一一

軽度下肢浮腫(+)も、陣痛Z(-)、出血(-)にて、特に変わりなし

五月三日 六時 右 一一--一一--一一

左 一一--一〇--一〇

胎活動活発にあり、児心音良好なり

一八時 右 一二--一一--一二

左臍上 一二--一二--一二

胎活動活発なり

五月四日 九時 右 一二--一一--一二

左臍恥中央 一二--一三--一二

良好

一八時 右 一二--一二--一一

左 一二--一二--一二

良好、胎活動活発にあり

五月五日 一四時 右(臍下) 一三--一二--一三

胎動活発にて変わりなし

(左については記載なし)

一八時 右 九--一〇--一〇

胎動活発にて変わりなし

(左については記載なし)

二〇時三〇分

右 一二--一二--一二

左(臍上) 一一--一一--一二

良好、分娩監視装置

五月六日 一〇時 右 一二--一二--一一

左 一〇--一〇--一一

良好、分娩監視装置にて

二〇時 右 一二--一二--一二

左 一一--一一--一二

良好

五月七日 一〇時 右臍下 一一--一一--一二

左臍上やや中央 一二--一三--一三

良好、胎動活発

一八時 右 一二--一二--一一

左 一二--一二--一三

胎動活発にて緊満及び出血なく、変わりなし

五月八日 九時 右 一三--一二--一二

左 一二--一一--一二

胎動活発なり、緊満出血なく変わりなし

一八時 右 一二--一二--一二

左 一一--一二--一二

胎動活発、両下肢浮腫軽減すもしびれ感軽度あり、緊満出血(-)にて変わりなし

五月九日 九時 右 一二--一二--一一

左 一一--一一--一二

良好

一八時 右(臍側腹部) 一三--一二--一二

左(臍上) 一三--一四--一三

胎動活発なり

五月一〇日 一〇時三〇分

右臍 一二--一三--一二

左恥上 一三--一三--一三

胎動(+) 変わりなし

一八時 右 一二--一二--一二

左 一一--一二--一二

良好 分娩監視装置にて

五月一一日 一〇時 右 一一--一一--一一 右側

左 一二--一二--一三 恥上

胎動活発

一八時三〇分

右 一二--一二--一一

左 一二--一一--一一

良好

五月一二日 九時三〇分

右 一二--一二--一三

左 一一--一二--一三

良好

一八時三〇分

右 一二--一二--一三 臍上

左 一三--一二--一二 臍下

五月一三日 一〇時 右 一一--一一--一二

左 一二--一三--一二

良好

(時々緊満(+)、出血(-)、胎動活発にて特に変わりなし)

一九時 右 一二--一三--一三

左 一二--一二--一二 良好

(要部痛(+) 緊満時々(+)

五月一四日 九時一五分

右 一二--一二--一三

左 一三--一三--一三 良好

分娩監視にて

14 被告病院においては、児心音の測定は、<1>分娩監視装置による測定(分娩監視装置は二台備えられていた。)、<2>ドプラーによる測定、<3>トラウベによる測定の三種類の方法が行われていたが、分娩監視装置を患者に固定装置して継続的に記録をとるという使用方法がとられるのは、分娩間近の妊婦のうちで異常分娩が危惧される場合が通常で、それ以外に右のような使用方法がとられることは殆どなく、通常は、単に児心音を測定するだけの目的で使用する場合は、その測定の極く短い時間、記録紙に記録をとらない方法で使用されていた。そして、原告花子の児心音の測定については、看護婦と助産婦が行い、その方法も看護婦や助産婦らの判断で適宜右のいずれかの方法で行っていたものであり、吉田医師ら医師が自ら原告花子の児心音を測定したことはなく、右医師らが看護婦や助産婦に原告花子の児心音測定の方法について具体的な指示や注意をしたこともなかった。

15 春子は、神大病院入院時から全身浮腫が著明で、かつ、乏尿を来たし、BUN、Crの上昇が見られたことから、急性腎不全と診断されたが、この腎不全はその後改善した。

しかし、生後一週間目ころより痙攣発作が認められて抗痙攣剤の投与が開始された。そして、春子は、生後一か月ころより噴水状嘔吐が始まり、種々の検査を受けたが、時間の経過とともに鎮静し、昭和六〇年八月二八日退院した。しかし、退院後も嘔吐を繰り返し、入退院を繰り返し、体重増加不良で家庭での療育不能のため、昭和六一年七月一四日再び神大病院に入院した。しかし、頚定末の痙直性四肢麻痺で、音刺激には非常に過敏であるが、言語理解や発語はみられず、対光反射は見られるが追視はみられず、経口摂取不能で経管栄養を行う日常生活全介助児の状態であった。入院後も二ないし三か月に一度位の頻度で上気道炎を契機に、筋緊張亢進し喘鳴が強くなった。また、喀痰排出が多くなるにつれて、胃部の痙攣にともなって噴水状の嘔吐が頻回に出現し、二週間前後絶食にし輸液を行うと状態が落ち着くということを繰り返していた。この間、全身の筋緊張は少しずつ亢進し、後弓反張位をとることが多かった。平成元年三月末ころ、マイコプラズマ肺炎を契機に、全身の筋緊張・喘鳴・嘔吐が強くなし、絶食・輸液(IVHも併用)・抗生剤並びに筋弛緩剤投与するも筋緊張とれず、最後は気管分泌物が非常に粘着となって窒息状態となり、同年七月七日死亡した。

16 神大医学部病理学教室では、春子につき、臨床診断を「脳性麻痺(痙直性四肢麻痺)・重度精神薄弱・てんかん・幽門痙攣症・喘息様気管支炎を反復し末期にはマイコプラズマ肺炎を合併」とし、検査(CT)所見を、側脳室・第三脳室・脳溝の著明な拡大(特に左側脳室の後角の拡大強く、左右半球ともに後頭部で強度)が認められ、高度の脳萎縮であるとした。そして、剖検では脳は二〇五グラムしかなく、組織学検査では、脳白質の著減がみられ、軟化壊死や斑痕化が強く、その検査結果と合わせ、病理学的には、主病変は「脳萎縮、二次性水頭症(両後頭部・左側脳室角)」で、<1>白質軟化萎縮・ミクログリアの浸潤、<2>脳浮腫があり、それは出産時の影響が示唆される、と診断した。

二  第二児の胎内死亡の時期・原因及び春子の死亡の原因について

1 第二児の胎内死亡の時期・原因について

(一) 第二児の死亡時期は、《証拠略》によれば、第二児娩出の日の三日前(五月一一日)ころと推定される。

(二) 死亡原因について

(1) 第二児の死亡原因については、これを確認すべき証拠はない。

《証拠略》によれば、一般に、妊娠中の胎児死亡の原因には、<1>母体側の原因によるものとして、a母体の急性肝炎等の疾患によるもの、b胎盤機能不全によるもの、c常位胎盤早期剥離によるものがあり、<2>胎児並びに附属物の異常によるものとして、a胎児先天異常によるもの、b胎児感染症によるもの、c血液型不適合妊娠、d臍帯・胎盤などの異常によるものなどがあること、そして、原告花子については、母体の感染性疾患や胎児の感染、血液型不適合、胎盤早期剥離等を窺わせる母体の症状は確認されておらず、母体の妊娠中毒症は、入院後軽快しており、胎児死亡を来すような重症のものではなかったことから、それらは胎児の死亡の原因としては否定されるし、入院中の胎盤機能測定のエストリオール定量検査の結果も正常で、双胎として個々の胎児の発育が妊娠週数に比して特に遅滞していたわけではなく、妊婦の中毒症も軽症であったことから、胎盤機能不全による胎児死亡の可能性も少ないことが認められる。

(2) 金岡証人は、第二児(骨盤児)の死亡原因は胎盤機能不全と考えられる旨証言するが、同証人の右意見は、胎盤の病理学検査が行われていないこともあって、具体的な裏付けがないものであり、前記我妻鑑定に照らしても、第二児の死因が胎盤機能不全であった可能性は少ないといえる。

2 春子の障害の原因について

(一) 我妻鑑定によれば、一卵性双胎で二羊膜一絨毛膜性の場合には(本件の場合は、吉田医師の視認したところなどから、二羊膜一絨毛膜性であったと見られる。)、両児の臍帯血管が胎盤において吻合していることがあり、一方の児が死亡すると他の児に重大な影響を及ぼす症例についてわが国で最初に発表(英文)されたのは昭和五四年であり、その後昭和五六年に、妊娠中期に双胎の一児が死亡したために生存児に高度の形態異常を発症した二例の報告及び一四六組の双胎について調査し、胎児間輸血症候群で一児が死亡した場合に他の生存児に播種性血管内凝固症候群(DIC)を発症する可能性を指摘する論文が発表され、昭和五七年には、吉岡博他の「双胎における脳性麻痺の成因--とくに子宮内血管内凝固症候群について」(日本小児科学会雑誌)により、双胎で生まれた脳性麻痺児一三例(双胎の他児が死産であった九例と生産であった四例)についての調査研究の結果として、他児の死産例全部が痙直型四肢麻痺で、九例中八例に痙攣、知能障害、小頭症が存在し、CTスキャンで水頭症性無脳症、多嚢性脳軟化、孔脳症などを認めたのはすべて他児が死亡した例であるとする報告がなされ(その所見は春子の解剖所見に見られる中枢神経系の変化に酷似している。)、右九例の中で出生時の新生児仮死は二例に認められただけであるため、中枢の循環障害の原因が分娩時の仮死すなわち低酸素症によるとは考え難く、他児が死亡しそれによって脳底動脈の血栓形成閉塞を起こしたものと推定する報告がなされ、その後も双胎と脳性麻痺等についての症例報告や研究報告が続けられていることが認められる。

(二) そして、我妻鑑定は、わが国で昭和六〇年ころから最近まで発表された文献を考察すると、双胎の一児死亡後の生存時に起こる障害等について、次のように要約されるとする。

(1) 一卵性双胎の二羊膜一絨毛膜胎盤で両胎児の臍帯血管が吻合している場合に、一児が死亡した際に生存児に子宮内栓塞症候群が起こる可能性がある(その発症率は未知である)。

(2) 中枢神経系の変化は、小頭症、水頭症様無脳症、孔脳症、大脳の多発性嚢胞性変性などで、脳底の幹動脈の血栓性閉塞によると推定される臨床症状は、痙直型脳性麻痺、痙攣、知能発育遅滞などを示す。腎実質の栓塞栓により腎機能不全を来すこともある。(これらは、春子の生前の症状及び死後の解剖所見と酷似している。)

(3) 生存児の娩出の際には胎児仮死を伴わず、アプガースコアは良好で、新生児期に呼吸不全や低酸素状態を示さなかった児が多い。(これも春子の場合と一致している。)

(4) 分娩前に生存児の心拍数を分娩監視装置によって連続記録し得た例では、低酸素症など、胎児仮死を示唆する所見を示さなかった。(したがって、分娩監視装置の使用は、本件の場合の分娩前の診断には無効と思われる。)

(5) 発症の機序は、死亡胎児の組織変性により産生されたトロンボプラスチンが吻合血管を通過して生存胎児に移行し、血栓形成栓塞を起こすためと推測されている。

(三) そして、我妻鑑定は、右症例・研究の発表や、原告花子の妊娠中の症状(双胎の事実以外に異常な臨床所見は認められていない。)、春子の臨床症状及び解剖所見等から、春子に生じた中枢神経の重篤な障害の原因は、一卵性双胎の一児死亡に起因する子宮内脳血管血栓性形成閉塞によるもの(死亡した胎児の組織融解産物(トロンボプラスチン)が、吻合した臍帯血管を通じて春子の体内に流入し、腎臓の実質に栓塞を起こして急性の腎障害を来たし、また、中枢神経系、特に大脳皮質へ酸素・栄養を送る重要血管(多分脳底動脈)に栓塞を生じて、大脳その他に流れるべき血液が遮断されたために、出産後の時間的経過とともに脳萎縮・嚢胞性変性・水頭症などを来したため)と推定されるとする。

右我妻鑑定の意見は、十分合理性のあるものと考えられる。

(四) 中林証人は、急性の循環障害(胎盤への血液の移流)による一過性の虚血が春子の脳障害の原因となったと考えられる旨の意見を述べ、なるほど《証拠略》によれば、日本周産期学会で、双胎一児死亡の場合に生存児に発症する脳病変(なお、脳病変発症頻度は二九パーセント(一二四例中三六例)で、すべて一絨毛膜性双胎であった。)の原因として、子宮内DIC説、子宮内胎児栓塞説、急性循環障害虚血説などがあることが報告されていることが認められ、中林証人のような見方もありえないではないが、我妻鑑定の意見の方がより合理性があると考えられるから、右中林証人の意見は採用できない。

3 春子の死亡の原因について

春子の死亡の直接の原因が急性肺炎による窒息状態であったことは前記認定のとおりであるが、前記認定の神大病院入院後の春子の症状ないし病状に照らし、春子の出生時に生じていた中枢神経の重篤な障害が右急性肺炎の大きな原因となっていたと認められる。

三  争点1(春子及び原告太郎と被告との診療契約の成否)について

1 春子について

前記一認定の原告花子の入院、分娩の経緯にかんがみれば、原告花子は、昭和六〇年五月二日原告花子の被告病院入院の時点で、被告との間で、被告が吉田医師ら被告病院の医師、看護婦、助産婦らを履行補助者として、当時の臨床医学の水準に準拠した知識・技術を駆使して、春子を無事に出生させるための適切な胎児管理、分娩管理をなすとともに、出生後の春子の状態を正確に把握して、出生後の状況において適切な処置をとる義務を負う旨の、原告花子及び原告太郎を要約者、被告を諾約者、春子を受益者とする、第三者のためにする診療契約を締結したものと認めるのが相当である(その受益の意思表示は、春子の出生時に、原告らを法定代理人として、被告に対し黙示的になされたものと認めるのが相当である)。

2 原告太郎について

原告太郎は、原告花子が被告病院の受診にあたって、原告太郎を被保険者とする国民健康保険を利用していることから、原告太郎と被告との間で、少なくとも黙示的に原告花子と同様の診療契約が成立した旨主張するが、右国民健康保険証の使用によって原告太郎と被告との間に診療契約締結の事実を認めることはできず、他に右契約締結の事実を認めるに足りる証拠はない。

四  争点2(被告の診療契約債務不履行の有無)について

1 診療契約に基づいて医師や病院が負担する債務は、技術上適正に注意深い診療を実施すべき債務であり、その法律的性質はいわゆる手段債務であるが、診療の高度の専門性・特殊性に照らし、右医師の債務は、患者によって希望された診療目的(妊娠管理・分娩の場合には、適正な母児の管理と無事な分娩)の達成を目標として、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準を基準とする危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務をもって診療を行うべき債務であると解される。

そして、そのような医師の債務の特殊・専門性に照らし、右のような最善の注意義務を尽くした診療行為が何かについて患者側が知得することは一般的には極めて困難なことであり、他方、診療債務の内容である診療の目標には意外な結果を将来しないようにする意味が含まれており、医師の診療行為から意外な結果が発生した場合には、前記の最善の注意義務が尽くされていない蓋然性があるから、患者などの債権者側は医師の診療行為から意外な結果が発生したことの主張・証明責任を負うにとどまり(もっとも、右については、原因行為をできるだけ明らかにする必要はある。)、医師などの債務者側は、前記の最善の注意義務を尽くしたことを主張・証明しない限り、診療契約の債務不履行(不完全履行)の責任を免れないものと解するのが相当である。

2 双胎妊娠の場合の周産期管理義務の内容

(一) 双胎妊娠の特徴ないし危険性と母体・胎児管理

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(1) 妊娠中の母体に及ぼす影響

双胎妊娠は、母体にかかる負担が二倍になるため、高血圧、蛋白尿、浮腫を三大特徴とする妊娠中毒症の罹患率が非常に高くなる。したがって、妊娠中には妊婦に十分な安静、減食塩、高蛋白食を守らせてその予防に努めるとともに、妊婦検診も念を入れて行う必要がある。また、右と同様の理由で鉄欠乏性の貧血に罹患しやすいので、血液検査を行い、必要に応じて鉄剤を処方すること、正常の妊婦に比較して、胎児が二つ入っているために、初期には流産を、中期以後は早産を起こしやすい。したがって、妊娠中から安静を守らせ、子宮口が開いてきたり、子宮の収縮が亢進するような症例では入院安静が必要となることもある。

(2) 双胎妊娠の場合に胎児に起こりやすい異常

<1> 双胎妊娠は一種の先天異常であり、特に一卵性双胎は、広い意味の先天異常と考えられる。双胎の胎児の場合には、内蔵の先天異常などの頻度が高いことが知られており、また、胎盤、臍帯、卵膜などの胎児附属物の異常の頻度も高く、したがって、先天異常や胎児附属物の異常による胎児の死亡率も、正常の単胎妊娠より高いことが知られている。

そして、双胎胎児の新生児死亡の原因の大半は早産による未熟性のためであるが、子宮内胎児死亡の原因は不明な場合が少なくなく、また、先天異常による死亡を予防したり、その程度を予め予測することは極めて困難であると指摘されている。

<2> 双胎妊娠では早産が起こりやすく、そのために未熟児の出生頻度が高い。未熟児は呼吸不全を起こしやすく、また出生時の低酸素症、出産後の低血糖、黄疸などが原因で脳性麻痺を起こす頻度も高いから、双胎の場合の早産を予防することは重要である。

<3> 子宮内に二つの胎児を収容しているために、子宮壁が引き延ばされて収縮力が弱くなり、陣痛微弱、分娩遷延を起こしやすい。先進している胎児が骨盤位で、第二児が頭位の場合に、第二児の方が先に破水すると懸鉤を起こす可能性もある。そのため、帝王切開手術の頻度も高くなる。

<4> 胎児間輸血症候群

一卵性双胎のなかでも二羊膜一絨毛膜性の双胎では、しばしば相互の臍帯血管が胎盤に吻合している。どちらかの胎児の心臓の血液を送る力(拍出力)が他方の児よりも大きい場合、あるいは一児の臍帯の動脈と他児の臍帯の静脈が吻合している場合には、この吻合部を通って拍出力の強い児の血液が弱い方の児に移行して行く。その結果として、血液を多量に送られた方の児は発育が良いが、最後には多血症が発症し、反対に血液を送った児は発育は悪く、貧血になる。また、発育がアンバランスになり、双方の児の体重の差が大きくなる。血液の異常の程度が重症になると、多血症の児は死亡し、次いで貧血の児も死亡する。このような状態が胎児間輸血症候群と呼ばれるものである。この状態を予防したり、治療することは非常に困難であるとされている。最近は、超音波断層装置によって胎児の頭の大きさを測定し体重を推定することができる。双胎で両方の児の体重に大きな差異を生じつつある場合には、このような症候群が発症している可能性を考えて胎児の状態を厳重に監視し、胎児の発育不全、多血症、貧血などの発症が疑われたら、速やかに胎児を娩出させて治療する必要がある。しかし、余り早期に娩出させると胎児の内臓、特に肺が未熟の状態なため、呼吸不全で死亡する可能性があり、輸血症候群の程度が重症になれば両方の児が死亡する可能性もあるので、娩出させるタイミングの決定が極めて困難である。

<5> 双胎の一児が死亡した場合の他児への影響

妊娠の比較的初期に一児が死亡した場合には、生存胎児への影響は比較的少ない。

妊娠中期以降に一児が死亡した場合に、一絨毛膜性双胎で両方の胎児の血管が胎盤内で吻合しているような場合には、脳病変が発生する危険性は高い。前記のとおり子宮内血管内凝固症候群ないし子宮内栓塞症候群を起こし、重大な障害や、先天異常、死亡を引き起こす可能性がある。ただし、一方の児が死亡した場合に、どのくらいの時間が経過した後に、どの程度の頻度でこのような状態が発症する可能性があるかについては、未だ詳細は判明しておらず、また、そのような状態の発症を予め予測する方法は未だないとされている。

(二) 医師ないし病院の注意義務

(1) 前記のような特徴ないし危険性から、双胎妊娠を扱う医師ないし病院には右双胎妊娠の特徴ないし危険性を考慮した周産期管理を行うべき義務があるが、特に、双胎妊娠では胎内死亡の危険性が単胎に比べて大きいから、胎児の異常の発生の有無ないし生存の確認は周産期管理の最も基本的で、重要なことといえる。したがって、妊娠の周産期管理を行う医師ないし病院においては、胎児の正確な心音測定などによってその異常発生の有無ないし生存の有無を常に確認し、もし胎児の異常や死亡を確認した場合には、その当時の臨床医学の実践における医療水準を基準とする危険防止のための最善の注意義務を尽してこれに対する適切な処置をとるべき義務があるというべきである。

(2) そして、《証拠略》によれば、胎児の生死ないし状態は超音波断層撮影によって確認することができるが、胎児の心音を確認する方法としては、通常、<1>分娩監視装置を用いる方法、<2>超音波ドップラー法、<3>トラウベ聴診器による方法などが行われていること、双胎の場合には、胎児の心音を誤認混同する危険性がある(特に妊婦が太っている場合には(原告花子もそれに当たる)、確実に聞き分けることが難しいところがある)から、超音波断層撮影によって各胎児の位置を明確に確認した上で、分娩監視装置二台を使用して測定し、あるいは分娩監視装置一台で測定する場合には各胎児の位置で二〇分位ずつ継続して測定するなどの方法により、心音の誤認混同を生じないようにする必要があり、それは十分可能であることが認められる。

胎児の心音の確認は、胎児の異常発生ないし生存を確認するための最も基本的な調査方法であるから、これを看護婦や助産婦が行う場合には医師はその正確性を確認するよう努めるべきであるし、もし妊婦によって看護婦や助産婦による正確な心音測定が困難な事情がある場合には、当該妊婦につき医師自らがこれを測定し、あるいは医師が看護婦や助産婦に正確な測定方法を具体的に教示、指導すべきである。

3 被告病院の注意義務懈怠(債務不履行)

(一) 被告病院において、一児死亡後も二児の心音が確認されたかのような測定記録が残されていることは前記認定のとおりであるところ、右心音測定につき、被告病院が、双胎の場合の心音誤認混同の危険性を考慮して前記のような測定に正確を期するための方法を講じていたことは認められず、右被告病院の心音測定の過誤及びこれらによる一児の死亡の看過については、吉田医師ら被告病院の医師、看護婦、助産婦らの注意義務違反は明らかといわざるを得ない。

《証拠略》は、双胎妊娠の場合の両児の生存の確認は重要なことであり、それが何日間か一児死亡が見逃されていた点は不適切であったとしながらも、現実的には双胎の一児死亡の発生頻度は三パーセント前後と比較的稀であり、五月八日に超音波検査で両児の生存が確認された本件において、一児死亡を看護婦または助産婦がトラウベまたはドップラーで発見できなかったことを非難するのは酷であるとする。

しかしながら、単胎に比べて双胎の胎児死亡の危険性の高いことは既に指摘されていたところであって、その発生頻度が稀であるからといって胎児の生死確認の注意義務が軽減されるものではなく、発生頻度が稀であってもその危険性がある以上細心の注意を払ってより正確、確実にそれをなすべき必要があるといえ、それは十分可能であったと考えられ(看護婦や助産婦において誤った測定をすることがあってもやむを得ない程難しいものであれば、医師において測定結果の確認あるいは自ら測定をする態勢にしておくべきであろう。)、したがって右中林意見書の意見は採用し難い。

(二) 《証拠略》によれば、一児が死亡したと推定される五月一一日当時は、春子は妊娠三三週五日であったが、双胎の一児が死亡した場合には、他児に悪影響が生ずる危険性があることは、昭和六〇年当時には既に医学会で報告・議論されており、その機序の詳細、脳病変との関係についての詳細はともかく(これについても報告等は既に発表はされていた。)、広く知られていたこと、昭和六〇年当時、妊娠三四週になれば肺はほぼ完全に成熟し、ほぼ九五パーセント位生存可能と一般に考えられていたが、妊娠三一週(八月末)を経過すれば、相当数生存できるようになったことも指摘されていたことが認められ、したがって、双胎の一児が死亡したことが確認しえた場合には、それがどのような機序に基づくかを明確に診断することができなかったとしても、生存他児の春子に悪影響を及ぼす危険性が少なからずあることは十分認識し得た上、経過妊娠週数から、一児死亡後直ちに生存児の春子を娩出していたとしても、娩出後の適切な哺育管理と合わせ、正常児としての生存の可能性はあったといえる。

我妻鑑定及び中林証言は、一児の死亡を確認した後も胎児管理を厳重に継続して娩出を三四週まで待つという判断ないし選択もありうるとし、我妻鑑定においては、胎児間輸血症候群の存在したケース(したがって、胎盤の血管吻合が存在したケース)で、一児が死亡してから一二週経過後娩出した生存児に全く異常が認められなかった症例や、その他胎児間輸血症候群で一児死亡後他児を無事に娩出させ、その児の神経学的発育は全く正常であった症例などが指摘されている。

たしかに、右のような症例の存在を考えると、一絨毛膜性双胎の一児の死亡が直ちに子宮内栓塞症候群等の異常を生じさせるものとはいえないところがある。しかしながら、少なくとも右症例では、一児の死亡が直ちに発見され、その悪影響が他の生存児に及ばないように、厳重かつ細心の胎児及び母体の管理を実施し、十分な検討を経た上で娩出に至ったものであることが窺える。したがって、一児の死亡を確認した後もなお生存児を胎内に置き、胎児の成熟(妊娠週数の経過)を待つかどうかは、生存胎児の状態等を精査、把握した上で、一児死亡により生存児に及ぶ悪影響ないし危険性の程度や、生存胎児への影響ないし危険性を医学的に厳密に検討し、それらを総合的に判断して決定されるべきことであり、そのような具体的状態を基にした適正な対応ないし処置の検討を行わずに、ただ三四週にならなければ生存胎児の娩出は選択肢としてあり得ないとすることはまったく合理性がないというべきである。

そして、本件においては、そもそも吉田医師ら被告病院の医師らは、春子の娩出当時まで第二児の胎内死亡に気づいていなかったのであり、したがって右のような検討を何ら行わずに経過し、陣痛が発来して分娩を迎えるに至ったものである。

のみならず、一絨毛膜性双胎の一児が死亡した場合に他の生存児に悪影響を及ぼす危険性があることは、その機序はともかく、昭和六〇年当時産婦人科医師に広く知られていたものと認められ(金岡証人・機序についても症例研究報告が発表されていたことは前述のとおりである。)、他方、一児の死亡当時既に妊娠三三週五日に至っており、この程度の妊娠週数に達した児の健常児としての生存率は相当高いことを考慮すれば、生存児の異常発生を防止するために、一児の死亡後(これを確認していた場合には)直ちに生存児(春子)を娩出する処置が選択された可能性は少なくなく、そうすれば春子の重篤な脳障害は回避できた可能性はあったといえる。特に、被告病院においては、問題のある分娩や新生児の管理について神大病院の協力・援助を受ける態勢がとられていたことを考慮すると、もし被告病院において一児の胎内死亡に早く気づいておれば、春子について当時の神大病院医学部産婦人科及び小児科の知見に基づく適切な処置(早期娩出)がとられた可能性が高く、それがなされていれば、春子に生じた前記障害は発生しなかった可能性があるといえる。

したがって、一児の死亡を把握できず、それを前提とした生存児たる春子についての胎児管理ないし処置をまったく行わなかった吉田医師ら被告病院の医師らの対応は、当時の臨床医学の実践における医療水準を基準とする危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を尽くしたものとはいい難い。

(三) したがって、被告には、春子及び原告花子との各診療契約債務につき不履行(不完全履行)があったというべきである。

しかし、第二児の胎内死亡の原因は証拠上明らかでないし、双胎妊娠の場合の子宮内胎児の死亡率は単胎妊娠の場合よりも高く、その死亡原因も不明な場合が少なくないことを考慮すると、第二児の胎内死亡につき被告に原告花子に対する診療債務の不履行があったとは認められない。

なお、金岡証人は、原告花子については、双胎妊娠で入院しているのであるから、双胎妊娠のハイリスク性からいって、入院当初から、ノンストレステストや分娩監視装置により母体及び胎児管理を行うべきであった旨証言し、《証拠略》にも右と同旨の意見が記載されている。

しかし、入院前日に原告花子に診られた妊娠中毒症は軽症であり、それも入院の数日中にほとんど回復し、その他に異常は認められなかったことを考慮すれば、双胎妊娠のハイリスク性を考慮し、より慎重な対応として、原告花子の入院当初からノンストレステストや分娩監視装置による母体及び胎児の管理を行うことはベターであったとはいえるが、少なくとも原告花子の入院当初から(少なくとも第二児の死亡のころまでは)それをしなかったことが不適切であったとまではいえない。

五  争点3(被告の診療契約債務不履行と第二児の胎内死亡及び春子の障害・死亡との相当因果関係の有無)について

春子の脳障害の原因が子宮内脳血管血栓性形成閉塞によるものであり、それは一児の死亡が原因となったものと考えられることは前述のとおりであるところ、右子宮内脳血管血栓性形成閉塞発症の時期は不明である。しかし、被告病院において、一児の死亡後これを早期に発見し、直ちに春子の娩出処置をとっておれば春子に子宮内脳血管血栓性形成閉塞が生じなかった可能性があったことは否定できないから、前記被告の債務不履行と春子の脳障害の発生との間(したがってまた、春子の死亡との間)には相当因果関係があるといえる。

六  争点4(原告らの損害)について

1 春子の損害

被告の債務不履行により春子が死亡したことによる損害は次のとおりであると認められる。

(一) 逸失利益 三五七六万〇五八二円

春子は被告の債務不履行当時零歳であり、満一八歳から就労可能な満六七歳までの四九年間、昭和六〇年賃金センサスの産業計全労働者の年収額三六三万円の収入は毎年得ることができ、生活費は収入の四〇パーセントを要するものと考えられるから、春子の死亡による逸失利益を新ホフマン方式(係数一六・四一九)により年五分の中間利息を控除して算定すると、次のとおり三五七六万〇五八二円となる。

3,630,000×(1-0.4)×16.419=35,760,582

(二) 慰謝料 一四〇〇万円

被告の診療契約債務の不履行の態様、春子の死亡に至る経過、その他諸般の事情を考え合わせると、春子の慰謝料額は一四〇〇万円とするのが相当であると認められる。

(三) 看護費用 〇円

春子が出生の日から死亡の日まで介護料負担の損害を受けたことを認めるに足りる証拠はない。

(四) 弁護士費用 五〇〇万円

本件事案の内容、審理経過、右認定の損害額等に照らせば、春子が被告に対して賠償を求め得る弁護士費用の額は五〇〇万円と認めるのが相当である。

(五) 以上損害額合計 五四七六万〇五八二円

2 原告花子の損害

(一) 慰謝料 四〇〇万円

原告花子は、胎内にある春子についての周産期管理についての被告の診療契約債務不履行により、春子を重篤な脳障害児として分娩し、その後春子は死亡するに至ったものであり、被告の債務不履行の態様、その他諸般の事情を考え合わせると、原告花子の慰謝料額は四〇〇万円が相当と認められる。

(二) 弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、右認定の損害額等に照らせば、原告花子が被告に対して賠償を求め得る弁護士費用の額は四〇万円と認めるのが相当である。

(三) 以上損害額合計 四四〇万円

3 原告太郎の損害

原告花子の周産期管理ないし分娩については、原告太郎と被告との間に診療契約が締結された事実の認められないことは前述のとおりである。そして、診療契約の当事者でない原告太郎が、診療契約関係上の債務不履行による固有の慰謝料請求権を取得するものとは解し難いから、原告太郎の被告に対する慰謝料請求は認められない(したがって、原告太郎の弁護士費用の請求も認められない)。

4 以上によれば、原告らはそれぞれ被告に対し、次のとおりの額の損害賠償請求権を有するものと認められる。

(一) 原告花子

前記1の春子の損害賠償請求債権の相続分(二分の一)の二七三八万〇二九一円と前記2の損害分四四〇万円の合計三一七八万〇二九一円

(二) 原告太郎

前記1の春子の損害賠償請求債権の相続分(二分の一)の二七三八万〇二九一円

第五  結語

以上によれば、原告らの請求は、主文第一、二項掲記の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹中省吾)

裁判官 小林秀和、同 加藤員祥は、転補のため署名捺印できない。

(裁判長裁判官 竹中省吾)

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